9・10月は秋の秘仏・秘宝の特別開帳のシーズンです。
そこで、「あをによし なら旅ネット(旧 奈良県観光情報 大和路アーカイブ)」から私の興味のあるものだけ掲載します。
詳しくは、サイトをご覧ください。
秋の奈良の特別開扉情報
京都検定1級合格者のメリット
久しぶりに京都商工会議所のサイトの京都検定の項を見に行きました(奈良検定の方と、どう差別化しているかな、と思って)。
各項目がすべて1段組でズラーっと並んでいたのが、項目の中を2段組にしてコンパクトに見やすくなっていました。
黄砂の中で花見
8日、「花祭り」なのでヒノキ花粉大量飛散の中を外出しました。
午前中は曇りで午後から晴天になると天気予報で聞いていましたが、いつまで経っても晴天になりません。
黄砂が花粉に劣らず、大量に飛んでいるからでした。
『枕草子』の背景 その2
皇統を守るのが天皇の使命
定子ファミリーによって一人前となった一条天皇ですが、父からの皇統を繋ぐには強固な後ろ盾が必要でした。
それは伊周の中関白家ではなく、道長の九条家でした。
当時の婚姻は「妻問婚」でしたが、天皇であっても妻側の父親の財力が必要でした。
『枕草子』の背景 その1
藤原行成
『枕草子』の背景、没落していく中関白家と身の置き所のない中宮定子を生み出したのは「頭の弁」藤原行成、その人です。
頭の弁の、職にまゐり給ひて(感想)
清少納言と藤原行成
清少納言と藤原行成の関係は、プラトニックな恋人関係であったという説や、いわゆる男女の関係にあったという説などいろいろあります。
しかし、私はこの2人は、性別を超えた友人関係であったと見ています。
頭の弁の、職にまゐり給ひて(訳)
清少納言の百人一首に採用された歌の製作秘話を訳してみました。
テキストには岩波文庫の『枕草子』第136段を使いました。
なお、この訳には私独自の解釈が含まれているのでご注意を。
『枕草子』はいろいろある
ひとくちに『枕草子』といっても、平安時代から現代に至るまでの間に通ったルートが大きく分けて4つあるそうです。
伝わるルートが違えば書き写した人たちも違うわけで、その各々に写し間違いや元の原稿の状態が悪くて判別不可能な部分があったせいで、伝本によって意味が正反対な語句が生じたりしていています。
清少納言と殿方
このところ、ネットや図書館で、『枕草子』関連の資料をあさる生活をしています。
清少納言にかかわる、藤原行成以外の男性についても調べ始めました。
藤原行成
四納言のひとりであり、三蹟のひとりでもある藤原行成について調べ始めました。
『大鏡』によると、行成は「地獄の冥官も召すを延期したほどの正直者」だそうです。