第52回京都非公開文化財特別公開
京都古文化保存協会から、「第52回京都非公開文化財特別公開」について発表されています。
期間は10月28日(金)から11月7日(月)までです。
ただし、開催日時などは場所によって違いますので、京都古文化保存協会のサイトで確認してください。
今回、初公開は6カ所です。
京都ハリストス正教会
今回の一番大きな目玉はここではないでしょうか。
京都といえば、神社やお寺、古い町屋に有職文化というイメージがありますが、明治以降に西洋文化を取り入れて建てられた洋風建築も魅力的です。
京都ではキリスト教の伝道は、明治22(1889)年以降積極的に行なわれるようになりました。
京都ハリストス正教会は、ギリシャ正教(正教会)の西日本布教の拠点として、生神女福音(しょうしんじょふくいん)聖堂を明治34(1901)年に竣工しました。
設計は、京都市旧武徳殿・京都府旧庁舎を手がけた松室重光です。
生神女福音聖堂は本格的ロシア・ビザンティン建築で、和風に木造の聖堂です。
昨年から大々的な修復工事が行なわれ、今年の5月に修復成聖式が行なわれました。
ふだんは予約した人のみ拝観できますが、今回は聖堂内の聖障(イコノスタ)・聖像(イコン)・聖器物などが予約なしで拝観できます。
豊臣秀次にゆかりのある瑞泉寺
今年の大河ドラマ「真田丸」に因んだのか、豊臣秀次ゆかりの瑞泉寺が初公開です。
豊臣秀次は豊臣秀吉の甥にあたり、秀吉の次の関白の座を譲られました。
しかし、彼は秀吉から切腹を命じられ、彼の妻子や側室たちはすべて三条河原で処刑されました。
「秀次切腹事件」と呼ばれます。
瑞泉寺は、秀次の首と秀次一族が埋められた「悪逆塚」のあった場所に建立されました。
角倉了以が高瀬川の開削工事のさい、塚の荒廃に心を痛め、彼らの菩提を弔うために建立したものです。
事件の顛末が描かれた「秀次公縁起」などが公開されます。
豊臣秀吉の京都の都市改造
豊臣秀吉は平安京の内裏跡に「聚楽第」と呼ばれる本邸を構えました。
聚楽第造営に伴い、そこにあった社寺は秀吉が新しく用意した場所に移転させられました。
この新しい場所は現在、「寺町」や「寺之内」と呼ばれます。
今回公開される妙蓮寺・清浄華院・廬山寺・誓願寺・宝蔵寺・安養寺(倒蓮華寺(さかれんげじ))も移転させられたお寺です。
このうち、初公開は宝蔵寺・安養寺(倒蓮華寺)で、どちらも賑やかな商店街の中にあります。
宝蔵寺は、今年生誕300年で注目されている伊藤若冲ゆかりの寺です。
若冲の家の菩提寺で、今年彼自身が建立した両親と弟の墓の保存修理が終了しました。
安養寺(倒蓮華寺)は、恵心僧都源信が奈良の當麻に建立しましたが、京都に移転、恵心僧都の妹の安養尼が安養寺と名前を改めて住持しました。
「倒蓮華」とは、本尊の阿弥陀如来の台座の蓮華が逆さまになっていることから付けられました。
逆さになったことで、業の深い女人も極楽往生できるようになった、との謂われがあります。
八幡市からは石清水八幡宮を中心に
今年2月、「石清水八幡宮本社」が国宝に指定されました。
今回、石清水八幡宮と、明治の神仏分離まで石清水八幡宮の神宮寺だった神應寺、石清水八幡宮の社家だった志水氏の菩提寺の正法寺、石清水八幡宮の社僧だった松花堂昭乗が住んだ松花堂庭園・美術館が公開されます。
正法寺と松花堂庭園・美術館は初公開です。