月を詠む

和歌

雲まで照らす明るい月夜の写真

中秋の名月にちなんで、「万葉集」の巻七から「月を詠む」の小題でまとめられた歌全16首を簡単に訳しました。

巻七の「月を詠む」は、官人たちが宴席で月を題材にして詠んだものと考えられています。

「万葉集」に月を詠んだ歌は多いのですが、この頃はまだ中秋の名月を愛でる習慣はなかったようです。

万葉集とは

「万葉集」は日本最初の歌集で、全20巻、約4500首から成ります。
「万葉集」の歌の作者は、天皇皇后をはじめとする皇族・貴族・律令官人や一般庶民です。

いつ成立したかは定かになっていませんが、7世紀後半から8世紀の後半の間に詠まれた長歌・短歌・旋頭歌・仏足石歌などが収められています。

延暦2(783)年頃、大伴家持がそれまで誰かが編纂した歌を全20巻にまとめたと考えられています。

約4500首の中に、作者未詳歌が約1800首あります。この記事で取り上げる「月を詠む」を含む巻七は、ほとんどが作者未詳です。巻七には持統天皇から聖武天皇の頃に詠まれた歌が収められています。

万葉集巻七「月を詠む」 意訳

歌は角川文庫ソフィア『「新編国歌大観」準拠版 万葉集 上巻』によります。歌番号は()内が新編国歌大観の番号です。

1069(1073) 常はかつて思はぬものをこの月の過ぎ隠らまく惜しき宵かも

訳: いつもはちっともそう思わないが、今夜はこの月が進んで隠れてしまうのが惜しい晩だよ

1070(1074) ますらをの弓末振り起し猟高の野辺さへ清く照る月夜かも

訳: 屈強な武人が勢いよく弓の上端を振り起こして狩りをする、猟高の野までも月の光が清らかに照らしている夜だなあ。

1071(1075) 山の端にいさよふ月を出でむかと待ちつつ居るに夜ぞ更けにける

訳: 山ぎわで出そうで出ない月を今か今かと待っていると、夜がどっぷりと更けてしまったよ

1072(1076) 明日の宵照らむ月夜は片寄りに今夜に寄りて夜長くあらなむ

訳: 明日の夜を照らす予定の月を今夜に片寄らせて、そのぶん今日の夜が長くなってほしいな

1073(1077) 玉垂の小簾の間通しひとり居て見る験なき夕月夜かも

訳: 玉を垂らしたすだれの間を通して一人で居て見ても何のかいもない、淡くて美しい夕月夜だよ

1074(1078) 春日山おして照らせるこの月は妹が庭にもさやけくありけり

訳: 春日山を煌々と照らし上げているこの月は、いとしい彼女の家の庭も清らかに照らしているのだよ

1075(1079) 海原の道遠みかも月読の光少き夜はくたちつつ

訳: はるか海原を渡ってくる月の道は遠いのだろうな、月の光が乏しい夜がしんしんと更けていったよ

1076(1080) ももしきの大宮人の罷り出て遊ぶ今夜の月のさやけさ

訳: 荘厳たる大宮で宮仕えしている我々大宮人が退出して酒宴を楽しむ、今夜の月の清らかなことよ

1077(1081) ぬばたまの夜渡る月を留めむに西の山辺に関もあらぬかも

訳: 漆黒の闇の夜を渡っていく月を引き留めたいのだが、西の山のへりに関所があったらいいのに

1078(1082) この月のここに来れば今とかも妹が出て立ち待ちつつあるらむ

訳: 今夜の月がこのあたりまで移って来たのでもう今にも(私が)訪ねて来るだろうと、いとしい彼女が門に出て立って待っているだろう

1079(1083) まそ鏡照るべき月を白栲の雲か隠せる天つ霧かも

訳: よく澄んだ鏡のように照るべきである月を白い薄い布のような雲が隠して見せないでいるのか、それとも空に立つ霧か

1080(1084) ひさかたの天照る月は神代にか出て反るらむ年は経につつ

訳: 天空を照らす月は神代の頃から出ては神々しく照らすことを繰り返してきたのだろうか、いかほどの年が経ったのか

1081(1085) ぬばたまの夜渡る月をおもしろみ我が居る袖に露ぞ置きにける

訳: 漆黒の闇の夜を渡る月を楽しむ酒宴に興じていると、座っている私の衣の袖にいつの間にか露が降りて湿っていたよ

1082(1086) 水底の玉さへさやに見つべくも照る月夜かも夜の更けゆけば

訳: 水底にある玉のような石まで美しく清らかにはっきりと見ることができるほどの月の夜よ、漆黒の闇が深くなってきたので

1083(1087) 霜曇りすとにかあるらむひさかたの夜渡る月の見えなく思へば

訳: もやがかかってきて霜ぐもりをしているのだろうか、漆黒の闇の夜を渡る月が見えないことを思うと

1084(1088) 山の端にいさよふ月をいつとかも我は待ち居らむ夜は更けにつつ

訳: 山ぎわで出そうで出ない月をいつまで私は待っているのだろう、夜がどっぷりと更けてしまったよ

1085(1089) 妹があたり我は袖振らむ木の間より出て来る月に雲なたなびき

訳: いとしい彼女がいる方へ向かって私は衣の袖を振りたい、木の間から上って来る月に雲よかかるな、見えなくなるから

1086(1090) 靫懸くる伴の男広き大伴に国栄えむと月は照るらし

訳: 靭を負い宮中に仕える屈強な兵士の大伴氏、この大伴の地に国の弥栄と月が輝き照らすらしい

2005年9月20日和歌

Posted by 管理人めぶき