京都・奈良の門跡寺院

2019年3月22日京都・仏閣, 奈良・仏閣

門跡寺院にお参りしてみませんか?

「門跡寺院」とは、皇族や公家が住職を務めたお寺のことです。

天皇や皇族が発願してお寺を建立、そのまま住職となった門跡寺院と、お寺の歴史の途中で皇族や公家が住職になったから門跡寺院になったパターンの2つがあります。

お参りをしてみると、門跡寺院ではお堂に宮中の御殿を移築したものを用いていることが多いので、寺院建築の普通のお堂とは違う優雅さを感じます。

門跡寺院とそうでないお寺との一番大きな違いは、境内に菊のご紋があることです。

境内だけでなく、仁和寺ではご朱印やお香(仁和香)の箱にも菊のご紋が付いていて、手にして緊張してしまいました……

また、築地塀に5本の白い筋が入っています。

筋の数は格式によって変わり、5本は最高格です。

門跡寺院はお参りしにくいところが多いです

門跡寺院もほかの寺院と同様に、通常拝観が可能なところと、そうでないところがあります。

女性皇族や公家の息女が住職となった尼門跡寺院は、ほとんどが通常非公開とされています。

そのような寺院は、京都古文化保存協会や京都市観光協会が主催する、特別拝観の機会を待つしかありません。

そこで、平成31(2018)年春は門跡寺院が多く公開されるので、お参りのチャンスです。

京都と奈良の門跡寺院一覧

京都と奈良にある、門跡寺院を一覧にしました。

現在もお参りができるところのみ、あげています。

門跡寺院は住職になった方や、宗派によって分類されます。

ここでは現在の所在地別に一覧にしています。

門跡寺院 用語集

十三門跡
主な門跡寺院のことです。
全部で13ヶ寺あるため、十三門跡と称されます。
すべて宮門跡と称される、代々親王や法親王が住職を務められた寺院です。
京都には11ヶ寺あります。そのうち、照高院門跡は廃寺になっています。
あと2ヶ寺は、日光にある輪王寺(日光門跡)と、大津の円満院です。
法親王
出家してから親王宣下を受けた皇子のことです。
親王宣下後に出家した皇子は入道親王ですが、こちらも法親王とされることがあります。
尼門跡
皇女・女王、公家や将軍家の息女が住職となったお寺です。
もとは「比丘尼御所」「尼御所」と称されていて、のち尼門跡と称されるようになりました。
准門跡
門跡に準ずる寺格の寺院
京都五箇室門跡
天台宗の寺院のうち、皇族あるいは摂関家出身者が代々門主(住職)となった京都の5つの寺院をさします。

京都市上京区の門跡寺院

大聖寺

通称: 御寺御所
尼門跡の一つ

宗派: 臨済宗単立

歴史:
光厳天皇の后の無相定円禅尼が、足利義満から提供された岡松殿が、のちに寺に改められた。

文中年間(1372~75)に後円融天皇の皇女の理栄宮が入寺して、「御寺御所」の称号を賜わる。

正親町天皇から、比丘尼御所第1位の綸旨を賜わる。

以来、代々内親王が入寺して門跡寺院となった。

明治維新後は、華族の息女が住持している

焼失を繰り返して転々とするも、元禄10(1697)年に元の地に戻る。

本堂は昭和18(1943)年に青山御所から移築、書院も光格天皇の皇女の永潤宮が住持のときに宮中から下賜されたもの。

本尊: 釈迦如来

見どころ: 明正天皇の河原御殿の資材を移して作られた枯山水庭園は、京都市の指定重要文化財。

通常拝観: なし

所在地: 京都市上京区烏丸今出川上ル御所八幡町109

交通

最寄り駅: 地下鉄 烏丸線 今出川駅

宝鏡寺門跡

通称: 百々御所
尼門跡の一つ

宗派: 臨済宗単立

歴史:
応安年間(1368~75)に光厳天皇の皇女の華林宮惠厳禅尼が、御所に祀られていた聖観音菩薩を建福尼寺に安置、のちに宝鏡寺と名を改める。

寛永21(1644)年に、後水尾天皇の皇女の仙寿院宮理昌禅尼が入寺して以来、尼門跡寺院となった。

天明の大火(1788年)で類焼、光格天皇が皇女を入寺させて、復興させた。

本尊: 聖観音菩薩

見どころ: だいだい入寺する内親王が人形を持ち込み、父である天皇も人形を贈ったので、宝鏡寺は人形を多く所有していて「人形寺」の別名を持つ。

仁孝天皇の皇女の和宮親子内親王は、幼少の頃によく宝鏡寺で遊んだり、経を唱えたりしていた。
その縁で、和宮内親王の遺品が御所から下賜された

通常拝観: なし
春と秋に人形展が行なわれる

所在地: 京都市上京区寺之内通堀川東入る百々町547

交通

最寄り駅: 地下鉄 烏丸線 今出川駅 ・ 鞍馬口駅

慈受院

通称: 薄雲御所・竹之御所・烏丸御所
尼門跡の一つ

宗派:臨済宗単立

歴史:
正長元(1428)年、室町4代将軍の足利義持の正室の日野栄子が、皇室代々の菩提を弔うために建立。

創建当初から皇室・摂関家から皇女や息女が入寺した門跡寺院。

焼失を繰り返し、曇華院に管理された。

明治6(1873)年に、同じく日野栄子が創建した総持院が慈受院を合併、慈受院は廃寺となる。

大正8(1919)年に現在地に再興、総持院を合併した。

本尊: 釈迦如来

通常拝観: なし
数年に一度、特別拝観あり

所在地: 京都市上京区寺之内通堀川東入百々町540

交通

最寄り駅: 地下鉄 烏丸線 今出川駅 ・ 鞍馬口駅

宝慈院

通称: 千代野御所
尼門跡の一つ

宗派:臨済宗単立

歴史:
無外如大尼(日本で最初に女性で禅僧になった方)が創建、応仁の乱後、宝慈院と名を改める。

光厳天皇の皇女の華林宮惠厳禅尼が入寺して、「千代野御所」と称されて門跡寺院となった。

天明の大火(1788年)ののち再建。

本尊: 阿弥陀如来

通常拝観: なし

所在地: 京都市上京区衣棚通寺ノ内上る下木下町

交通

最寄り駅: 地下鉄 烏丸線 今出川駅 ・ 鞍馬口駅

三時知恩寺

通称:入江御所
尼門跡の一つ

宗派: 浄土宗

歴史:
応永年間(1394~28)、後光厳天皇の皇女の見子内親王が創建。

崇光天皇の入江殿を寺に改め、門跡寺院となった。

天明の大火(1788年)で焼失、現在の堂宇は桃園天皇の女御の恭礼門院の旧御所を下賜されたもの

本尊: 阿弥陀如来

通常拝観: なし
特別拝観はあり

所在地: 京都市上京区上立売町新町通上立売下ル

交通

最寄り駅: 地下鉄 烏丸線 今出川駅

光照院門跡

通称:常磐御所
尼門跡の一つ

宗派: 浄土宗単立

歴史:
延文元(1356)年、後伏見天皇の皇女、進子内親王が落飾後に開山。

応仁の乱後、持明院殿跡に移転。

寛政元(1789)年に光格天皇から「常磐御所」の称号を賜わる。

本尊: 釈迦如来

見どころ: 庭園の樹齢500年の五葉松

通常拝観: なし

所在地: 京都市上京区新町通上立売上る安楽小路町425

交通

最寄り駅: 地下鉄 烏丸線 今出川駅

西方尼寺・本光院門跡

通称: 蔵人御所
尼門跡の一つ

宗派: 天台真盛宗

歴史:
西方寺は文明年間(1467~89)、天台宗の真盛が開山。

永正年間(1504~)現在地に移り、西方寺と称する。

本光院は、正安4(1302)年、べん(女偏に便)子内親王が父の後二条天皇の菩提を弔うために建立、門跡寺院となった。

後陽成天皇の后の無夢自性尼が中興するが、延宝元(1673)年に焼失、北野に移転。

昭和43(1968)年に、西方尼寺の境内に再建された。

本尊: 阿弥陀如来

見どころ:
本堂の前にある「利休の井」は、天正15(1587)年に豊臣秀吉が催した北野大茶会にて、千 利休がこの井戸水を用いた。
花街上七軒にあり、芸舞妓さんが裏千家のお茶の稽古に通う。

通常拝観: なし

所在地: 京都市上京区真盛町745-1

交通

最寄り駅: 嵐電 北野線 北野白梅町駅

京都市下京区の門跡寺院

本願寺(西本願寺)

通称: 六条門跡・本門・にしもんぜき

宗派: 浄土真宗本願寺派本山

歴史:
文永9(1272)年に建立された親鸞聖人の大谷廟堂に始まり、天正19(1591)年に豊臣秀吉の都市計画により現在地に移転した。

永禄2年(1559年)、顕如が正親町天皇より門跡の宣旨を賜るが、元禄13(1700)年頃に霊元上皇により准門跡となった。

本尊: 阿弥陀如来

見どころ: 唐門(国宝)は伏見城の遺構、飛雲閣(国宝)は聚楽第の遺構と伝わる。
北能舞台は日本最古の能舞台

通常拝観: あり 5時30分~17時(開門)

所在地: 京都市下京区門前町堀川通花屋町下る

交通

最寄り駅: JR ・ 近鉄 京都線 ・ 地下鉄 烏丸線 京都駅 / JR 嵯峨野線 梅小路京都西駅

東本願寺

通称: 信門・ひがしもんぜき

宗派: 浄土真宗 真宗大谷派本山

歴史:
文永9(1272)年に建立された親鸞聖人の大谷廟堂に始まり、慶長7(1602)年に徳川家康から現在地を寄進されて移転した。

永禄2年(1559年)、顕如が正親町天皇より門跡の宣旨を賜るが、元禄13(1700)年頃に霊元上皇により准門跡となった。

本尊: 阿弥陀如来

見どころ: 東本願寺の飛地境内地である渉成園の地泉回遊式庭園には、もとここにあったという源融の六条河原院苑池にまつわる名物が置かれている

通常拝観: あり 3月~10月は5時50分~17時30分、11月~2月は6時20分~16時30分(開門)

所在地: 京都市下京区烏丸通七条上る常葉町754

交通

最寄り駅: JR ・ 近鉄 京都線 ・ 地下鉄 烏丸線 京都駅 / 地下鉄 烏丸線 五条駅

興正寺

宗派: 浄土真宗 真宗興正派

歴史: 
建暦2(1212)年に親鸞聖人が山科に建立した一坊を、了源が元応2(1320)年に東山の汁谷(渋谷)に移転。

永禄12年(1569年)、大坂で石山本願寺の脇門跡(准門跡)の宣旨を賜る。

天正19(1591)年に現在地に移転。

本尊: 阿弥陀如来

見どころ: 現在の堂宇は明治時代に再建されたもの

通常拝観: あり 9時~16時

所在地: 京都市下京区堀川通七条上る花園町

交通

最寄り駅: JR ・ 近鉄 京都線 ・ 地下鉄 烏丸線 京都駅 / JR 嵯峨野線 梅小路京都西駅

佛光寺

宗派: 浄土真宗 真宗佛光寺派

歴史:
建暦2(1212)年に親鸞聖人が山科に建立した一坊を、了源が元応2(1320)年に東山の汁谷(渋谷)に移転。

後土御門天皇により門跡の宣旨を賜るが、応仁の乱により衰退。

天正14(1586)年に豊臣秀吉が大仏を建立するため、現在地に移る。

本尊: 阿弥陀如来

見どころ: 現在の堂宇は明治時代に再建されたもの

通常拝観: あり 9時~16時

所在地: 京都市下京区新開町397

交通

最寄り駅: 阪急 京都線 烏丸駅 / 地下鉄 烏丸線 四条駅

京都市東山区の門跡寺院

青蓮院門跡

通称: 粟田御所・粟田宮
十三門跡の一つ

宗派: 天台宗
京都五箇室門跡の一つ
延暦寺三門跡の一つ

歴史:
伝教大師最澄が比叡山に置いた住坊の一つ

仁平2(1152)年、鳥羽天皇の第7皇子の覚快法親王が入寺して青蓮院と改称し、門跡寺院となった。

元久2(1205)年、慈鎮(慈円)が現在地に移転、熾盛光堂(本堂)を建立した。

天明8(1788)年の大火で御所が焼失したおりには、後桜町上皇が仮御所とされた。

宸殿は、後水尾天皇の女御の東福門院和子の御殿を移築した。

本尊: 熾盛光如来曼荼羅

見どころ:
庭園は、相阿弥作・小堀遠州補作の地泉回遊式。
境内全体が国の史跡になっている

通常拝観: あり 9時~17時

所在地: 京都市東山区粟田口三条坊町69-1

交通

最寄り駅: 地下鉄 東西線 東山駅

妙法院

通称: 新日吉門跡・皇居門跡
十三門跡の一つ

宗派: 天台宗
京都五箇室門跡の一つ
延暦寺三門跡の一つ

歴史:
伝教大師最澄が比叡山で営んだ住坊に始まる

平治元(1159)年、後白河上皇が法住寺殿を造営、鎮守として今熊野神社と新日吉神社を建立した。

元暦元(1184)年頃、妙法院の昌雲が新日吉神社の検校職に任じられ、洛中に移転する。

鎌倉時代に後高倉天皇の第1皇子の尊性法親王が入寺して以来、梶井門跡(三千院)・青蓮院門跡と並ぶ門跡寺院となった。

応仁の乱で荒廃、天正14(1586)年、豊臣秀吉が方広寺大仏殿建立のために、妙法院を大仏経堂として再興。

大書院は、後水尾天皇の中宮の東福門院和子の女御御殿が下賜されたもの。

本尊: 普賢菩薩

見どころ: 三十三間堂は妙法院が仏堂として管理している

通常拝観: なし
5月14日のみ無料拝観
春か秋に特別拝観あり

所在地: 京都市東山区妙法院前側町447

交通

最寄り駅: 京阪 京阪本線 七条駅

知恩院

通称:華頂御殿
十三門跡の一つ

宗派:浄土宗総本山

歴史:
承安5(1175)年、比叡山を下りた法然上人が営んだ草庵が始まり。

慶長12(1607)年、後陽成天皇の第8皇子が入寺して以来、門跡寺院となった。

勢至堂の客殿の山亭は、宝暦9(1759)年に霊元天皇の第10皇女の吉子内親王の客殿を下賜されたもの。

本尊: 法然上人像、阿弥陀如来

見どころ: 古くから伝わる「七不思議」と大鐘楼が有名

通常拝観: あり 9時~16時30分

所在地: 京都市東山区林下町400

交通

最寄り駅: 地下鉄 東西線 東山駅

蓮華光院 安井門跡 【廃絶】

蓮華光院は「安井殿」と呼ばれる、後白河天皇の第1皇女の殷富門院亮子内親王の御殿に、正治2(1200)年に建立された。
土御門天皇の皇子の道円法親王が入寺して以来、門跡寺院となった。

荒廃したが、延宝元(1674)年頃再興。

元禄8(1695)年に、応仁の乱により荒廃した光明院観勝寺のあった東山安井に移転した。

移転に伴い、鎮守社として光明院観勝寺でお祀りしていた崇徳天皇に加えて、讃岐金刀比羅宮から勧請された大物主神と源頼政が合祀された。

蓮華光院は天文3(1534)年から大覚寺に兼帯されていたが、明治の神仏分離により廃寺。

鎮守社は明治維新後、安井神社と称し、太平洋戦争後に現在の安井金比羅宮と改称した。

京都市左京区の門跡寺院

聖護院門跡

通称: 森御殿・聖護院宮・聖護院御所
十三門跡の一つ

宗派: 本山修験宗総本山

歴史:
寛治4(1090)年、増誉が開山。

後白河天皇の皇子の静恵法親王が入寺して以来、門跡寺院となった。

応仁の乱で焼失後移転を繰り返し、延宝4(1676)年、開山の地である現在地に戻る。

天明の大火(1788)と、嘉永7(1854)年に御所が焼失したおりには、天皇の仮御所になった。

書院(重文)は、現在地に戻ったときに後水尾天皇が女院のために建てた御殿が下賜されたと伝わる

本尊: 不動明王

見どころ:
大玄関から上段の間まで続く100余面にわたる金碧障壁画は、狩野永納と狩野益信の筆

通常拝観: あり(境内のみ) 9月~3月は9時30分~16時30分、4月~8月は9時30分~17時
予約不要の特別拝観は秋のみ

所在地: 京都市左京区聖護院中町15

交通

最寄り駅: 京阪 鴨東線 神宮丸太町駅

霊鑑寺

通称: 谷御所・鹿ヶ谷比丘尼御所
尼門跡の一つ

宗派: 臨済宗南禅寺派

歴史:
承応3(1654)年、後水尾天皇が皇女の宗澄尼を開基として開山。

貞享4(1687)年、後西天皇の皇女の普賢院宮が入寺し、父から御殿を下賜されて「鹿ヶ谷比丘尼御所」と称された。

歴代皇女が入寺した。

本尊: 如意輪観音菩薩

見どころ: 江戸初期の作庭の地泉回遊式庭園には、後水尾天皇遺愛の日光椿をはじめとして椿の名木が多い。

通常拝観:なし
春と秋に特別公開される

所在地: 京都市左京区鹿ケ谷御所ノ段町12

交通

最寄り駅: 地下鉄 東西線 蹴上駅

曼殊院門跡

通称: 竹内門跡・竹ノ内御殿
十三門跡の一つ

宗派: 天台宗

歴史:
延暦年間(782‐806)に伝教大師最澄が比叡山で営んだ道場に始まる。

天仁年間(1108~1110)、忠尋のときに「曼殊院」と称し、御所の北側に移転する。

文明年間(1469~1487)、伏見宮貞常親王の皇子の慈雲が入寺して以来、門跡寺院となった。

明暦2(1656)年、八条宮智仁親王の第2皇子の良尚法親王が入寺して、現在地に移転した。

本尊: 阿弥陀如来

見どころ:
伽藍と公家好みの庭園の佇まいは、「小さな桂離宮」と称される。

通常拝観: あり 9時~17時

所在地: 京都市左京区一乗寺竹ノ内町42

交通

最寄り駅: 叡電 叡山本線 修学院駅

林丘寺

通称: 音羽御所
尼門跡の一つ

宗派: 臨済宗天龍寺派

歴史:
もとは後水尾天皇の第8皇女の朱宮光子内親王の朱宮御所だったが、延宝8(1680)年の後水尾天皇の崩御後、内親王は出家して林丘寺と改めた。

以来、内親王の入寺が続き、門跡寺院となり「音羽御所」と称された。

後水尾天皇の中宮の東福門院の奥御対面所を下賜され、客殿とした。

幕末に衰退、明治に入って天龍寺の滴水禅師が復興、一時男僧が住持する

明治19(1886)年に尼寺に戻り、楽只軒と客殿は隣接する修学院離宮に含まれた。

本尊: 聖観音菩薩

見どころ: 桧垣塔という石造の三重塔がある

通常拝観: なし

所在地: 京都市左京区修学院林ノ脇

交通

最寄り駅: 叡電 叡山本線 修学院駅

実相院

通称: 岩倉門跡・岩倉御殿・実相院門跡

宗派: 単立

歴史:
寛喜元(1229)年、静基により開山・

早い時期から門跡寺院で、代々皇族のつながりのある人が住職となった。

応仁の乱を逃れるために岩倉へ移る。

本堂は、東山天皇の中宮の承秋門院の女院御所の一部が下賜されたもの。

四脚門・車寄せも御所から移築された。

本尊: 不動明王

見どころ: 「床みどり」「床もみじ」が有名

通常拝観: あり 9時~17時
春・夏・秋に特別公開あり

所在地: 京都市左京区岩倉上蔵町121

交通

最寄り駅: 叡電 鞍馬線 岩倉駅

三千院

通称: 梶井宮門跡・円融房・梨本御坊
十三門跡の一つ

宗派: 天台宗
京都五箇室門跡の一つ
延暦寺三門跡の一つ

歴史:
延暦年間(782‐806)に、伝教大師最澄が比叡山で営んだ住坊に始まる。

坂本にあるとき、境内にあった加持井(修法に用いる井戸)から、「梶井門跡」の名が起きた。

大治5(1130)年、堀河天皇の第2皇子の最雲法親王の入寺以来、門跡寺院となった。

貞永元(1232)年に焼失、洛中を転々とし、応仁の乱後に大原に戻る。

明治4(1871)年、三千院と改めた。

本尊: 薬師瑠璃光如来

見どころ: 往生極楽院南側の弁天池脇に、石彫刻家・杉村孝氏作「わらべ地蔵」が安置されている

通常拝観: あり 9時~17時(11月は8時30分~17時、12月~2月は9時~16時30分)

所在地:京都市左京区大原来迎院町540

交通

大原へは、JR・近鉄・地下鉄京都駅前、四条河原町、京阪三条駅前、京阪出町柳駅前、地下鉄国際会館駅前から京都バスを利用してください。

  • 17系統大原行き: 京都駅前発 四条河原町、三条京阪、出町柳駅、八瀬駅経由
  • 19系統大原・小出石行き: 国際会館駅前発 八瀬駅経由

京都市右京区の門跡寺院

仁和寺門跡

通称: 御室御所
十三門跡の一つ

宗派: 真言宗御室派総本山

歴史:
仁和4(888)年、宇多天皇が父の光孝天皇の遺志を継いで創建。

性信法親王(三条天皇の皇子 入道親王の初例とされる)の入寺以来、明治元年まで代々法親王が住持となり、門跡寺院の首位にあった。

応仁の乱で焼失。

後水尾天皇の兄の覚深法親王が入寺し、徳川幕府の援助を受けて復興。

寛永17(1640)年、御所から金堂に紫宸殿、御影堂に清涼殿、宸殿に常御殿などが下賜され、現在の寺観が整う。

本尊: 阿弥陀如来

見どころ: 少し小柄で遅咲きの御室桜が有名。

通常拝観: あり 3月~9月は9時~17時 10月~2月は9時~16時30分

所在地: 京都市右京区御室大内33

交通

最寄り駅: 嵐電 北野線 御室仁和寺駅

大覚寺門跡

通称: 嵯峨御所
十三門跡の一つ

宗派: 真言宗大覚寺派大本山

歴史:
貞観18(876)年、嵯峨上皇の皇女で淳和天皇の皇后の正子内親王が、父の離宮の嵯峨院に淳和天皇第2皇子の恒寂入道親王寺を開山として開創した。

代々天皇か皇族が住職を務めた。

大覚寺3世の定昭は天元年中(978~83)に、奈良の興福寺の一乗院を創建したため、文永5(1268)年まで一乗院主が大覚寺と兼帯していた。

14世紀初め、後宇多天皇が再興。

天文3(1534)年から蓮華光院を兼帯していたが、明治の神仏分離により廃寺。

明治4(1871)年に東山にあった安井門跡蓮華光院の御影堂を移築した。

御影堂(心経前殿)は、大正天皇即位式の饗宴殿を移築したもの。

宸殿は、寛永年間(1624~1645)に後水尾天皇が東福門院和子の女御御殿を下賜されたもの。

本尊: 五大明王(平安時代)

見どころ: 大沢池は、日本最古の人工の林泉

通常拝観: あり 9時~17時

所在地: 京都市右京区嵯峨大沢町4

交通

最寄り駅: JR 嵯峨野線 嵯峨嵐山駅

曇華院

通称: 竹の御所
尼門跡の一つ

宗派: 臨済宗単立

歴史: 足利義満が、智泉尼を開基として、以仁王の御所跡に通玄寺を建立。

智泉尼が通玄寺の境内に堂宇を建立、曇華院と称した。

将軍家の息女が入寺し、門跡寺院となった。

応仁の乱以降衰退するが、後西天皇の皇女の大成尼が中興、光格天皇の皇女が入寺し天皇から「竹の御所」の称号を賜わる。
大聖寺・宝鏡寺に次ぐ寺格を与えられる。

しかし蛤御門の変で焼失、再建されず明治9(1876)年に嵯峨の地に移転

本尊: 十一面観音菩薩

見どころ: 庭の日光椿が見物

通常拝観: なし

所在地: 京都市右京区嵯峨北堀町25

交通

最寄り駅: 嵐電 嵐山本線 鹿王院駅

京都市西京区の門跡寺院

善峯寺

通称: 西山宮門跡

宗派: 天台宗 単立

歴史:
長元2(1029)年、源算が建立。

長元7(1034)年、後一条天皇から「良峯寺」の寺号を賜わる。

青蓮院門跡から多くの法親王が入寺したため、西山門跡と称された。

応仁の乱にて荒廃、5代将軍徳川綱吉の生母桂昌院が伽藍を整備した。

本尊: 十一面千手観音菩薩

見どころ: 西山の中腹にあり、境内から京都市街が一望できる。

通常拝観: あり 8時~17時
特別公開あり

所在地:京都市西京区大原野小塩町1372

交通

阪急バス66系統 JR京都線 向日町駅 JR向日町発 阪急東向日経由 善峯寺行き 終点下車

京都市山科区の門跡寺院

毘沙門堂門跡

通称: 山科御殿
十三門跡の一つ

宗派: 天台宗
京都五箇室門跡の一つ

歴史:
大宝3(703)年、文武天皇の勅願により行基が開山。

寛文5(1665)年に山科に移転後、後西天皇の皇子の公弁法親王が入寺して以来、門跡寺院となった。

勅使門・宸殿・霊殿は、公弁法親王が後西天皇より拝領されたもの。

本尊: 毘沙門天

見どころ: 境内は桜と紅葉の名所。

通常拝観: あり 8時30分~17時 12月~3月15日は8時30分~16時30分

所在地: 京都市山科区安朱稲荷山町18

交通

最寄り駅: JR 琵琶湖線 ・ 地下鉄 東西線 ・ 京阪 京津線 山科駅

勧修寺

通称: 山科門跡
十三門跡の一つ

宗派: 真言宗山科派大本山

歴史:
昌泰3(900)年、嵯峨天皇の生母の藤原胤子の追善のために建立。

南北朝時代、後伏見天皇の第7皇子の寛胤法親王が入寺して以来、門跡寺院となった。

江戸時代、徳川氏と皇室の援助で再興。

本堂は霊元天皇から仮内侍所を、書院・宸殿は明正天皇から旧殿をそれぞれ下賜されたもの。

本尊: 千手観音菩薩

見どころ: 書院の前庭に、水戸光圀寄進と伝わる石灯籠がある

通常拝観: あり 9時~16時

所在地: 京都市山科区勧修寺仁王堂町27-6

交通

最寄り駅: 地下鉄 東西線 小野駅

随心院

通称: 小野門跡・小野曼荼羅寺御殿随心院門跡

宗派: 真言宗善通寺派大本山

歴史:
正暦2(991)年、仁海が開山。

寛喜元(1229)年、後堀河天皇より門跡の宣旨を賜る。

応仁の乱で荒廃後、九条家と二条家から門跡が入寺、両摂家から援助を受けて復興した。

本尊: 如意輪観音菩薩

見どころ: 小野小町の晩年の邸宅址との言い伝えがあり、小町作と伝わる文張地蔵や化粧井戸、文塚がある

通常拝観: あり 9時~16時30分

所在地: 京都市山科区小野御霊町35

交通

最寄り駅: 地下鉄 東西線 小野駅

京都市伏見区の門跡寺院

醍醐寺 三宝院

通称: 三園御殿

宗派: 真言宗醍醐派総本山

歴史:
永久3(1115)年、醍醐寺第14世座主の勝覚によって開山。

源氏の子息または猶子が入寺し、五門跡(三宝院・報恩院・理性院・金剛王院・無量寿院)の中心となった。

応仁の乱で焼失後、金剛輪院で「醍醐の花見」を開いた豊臣秀吉の援助を受けて、金剛輪院を三宝院と改称して復興。

本尊: 弥勒菩薩

見どころ: 三宝院庭園(国名勝 史跡)は醍醐の花見に合わせて、秀吉が自ら作庭した。

通常拝観: あり 3月1日~12月第1日曜日は9時~17時 12月第1日曜日の翌日~2月末日は9時~16時30分
本堂・奥宸殿・松月亭・純浄観は、春と秋に特別公開される

所在地: 京都市伏見区醍醐東大路町22

醍醐寺 理性院

醍醐五門跡の一つ
醍醐寺の子院

宗派: 真言宗醍醐派別格本山

歴史: 永久3(1115)年、賢覚が父の賢円の住坊に大元帥明王を安置したのが始まり。

現在、三宝院の北東に隣接する

通常拝観: なし

醍醐寺 金剛王院 一言寺

醍醐五門跡の一つ
醍醐寺の子院

宗派: 真言宗醍醐派別格本山

歴史: 平安時代末に聖賢が開山。

明治8(1875)年、醍醐寺の南にある一言寺跡に移転、併合された。

一言寺は阿波内侍の創建と伝わる。

本尊: 千手観音菩薩(一言観音)

通常拝観: あり

醍醐寺 無量寿院

醍醐五門跡の一つ
醍醐寺の子院

宗派: 真言宗醍醐派別格本山

歴史: 平安時代末、元海が開山。

醍醐寺 報恩院

醍醐五門跡の一つ
醍醐寺の子院

歴史: 鎌倉時代中期、成賢が住んだ極楽坊を憲深が報恩院に改めた。

もとは上醍醐にあったが、後宇多天皇の命により下醍醐に移転。

現在は霊宝館の南にある。

交通

最寄り駅: 地下鉄 東西線 醍醐駅

奈良県の門跡寺院

圓照寺

通称: 山村御所
大和三門跡の一つ
尼門跡の一つ

宗派: 臨済宗妙心寺派

歴史:
寛永18(1641)年、後水尾天皇の第1皇女の大通文智が、修学院に営んだ草庵に始まる。

明暦元(1655)年、修学院離宮造営のために奈良の八嶋に移転、八嶋御所と称された。

翌年、現在地の奈良の山村に移転して山村御所と称された。

代々皇女が住持している

本尊: 如意輪観音菩薩

通常拝観:なし

所在地: 奈良市山町1312

交通

JR 奈良駅東口発 近鉄 奈良駅経由 奈良交通バス56、58、62系統「山村町行き」 「圓照寺」下車

法華寺

通称: 法華寺御所
尼門跡の一つ

宗派: 光明宗

歴史:
天平14(742)年頃、聖武天皇の皇后の光明皇后が、父である藤原不比等の屋敷跡を皇后宮とし、ついで寺に改められたのが始まり。

「総国分尼寺 法華滅罪之寺」と称された。

平安時代以降皇室や摂家からの入寺が多く、門跡寺院となった。

平安時代から衰退、平重衡の兵火にかかり、荒廃。

鎌倉時代に西大寺の叡尊が再興するが、焼失や地震での倒壊が相次ぐ。

昭和に入って、現在の姿に整えられた。

本尊: 十一面観音菩薩

見どころ:
名勝庭園は、仙洞御所からカキツバタ、庭木、石が移されたもの。
『平家物語』の悲恋のヒロインの横笛が、出家して過ごしたお堂や、法華寺の尼僧に相談するために贈った手紙で作られた、横笛の紙子像がある

通常拝観:あり
春と秋に特別拝観あり

所在地: 奈良市法華寺町882

交通

  • JR 奈良駅西口から 奈良交通バス12、14系統「大和西大寺駅行き」 13系統「航空自衛隊行き」 「法華寺」下車
  • 近鉄 奈良線 ・ 京都線 ・ 橿原線 大和西大寺駅から 奈良交通バス12、14系統「JR奈良駅西口行き」 「法華寺」下車

中宮寺

通称: 斑鳩御所
尼門跡の一つ

宗派: 聖徳宗

歴史:
聖徳太子が生母の穴穂部間人皇后のために建立したとされる。

平安時代から衰退、文永年間(1264~1275)に興福寺の信如尼が再興。

戦国時代に、法隆寺東院の山内子院に避難していた頃に、後伏見天皇の皇孫の尊智女王が入寺

以来、寺を整えられ、皇女が入寺する尼門跡として再興した

本尊: 如意輪観音菩薩

見どころ: 金堂の国宝菩薩半跏像(寺伝如意輪観音)は「世界の3つの微笑像」とも呼ばれている

通常拝観: あり 10月1日~3月20日は9時~16時 3月21日~9月30日は9時~16時30分

所在地:奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2

交通

  • JR 大和路線 法隆寺駅から 徒歩20分
  • JR 大和路線 法隆寺駅から エヌシーバス72系統「法隆寺参道行き」 終点下車
  • JR 大和路線・和歌山線・近鉄 生駒線 王寺駅 王寺駅北口から 奈良交通バス62、63、92系統「法隆寺前行き」 「中宮寺前」下車
  • 近鉄 橿原線 筒井駅から 奈良交通バス63、92系統「王寺駅行き」 「中宮寺前」下車
  • 近鉄 橿原線 近鉄郡山駅から 奈良交通バス50、51、98系統「法隆寺前行き」 「中宮寺前」下車

興福寺 大乗院・一乗院 【廃絶】

一乗院の開創は、10世紀の終わり頃の定好と伝わる。

定好の師の定昭は、天元年間(978~83)に大覚寺の兼帯となり、以降文永5(1268)年まで続いた。

大乗院は寛治元(1087)年、藤原氏出身の隆禅が開いた。

どちらにも摂家の子息たちが入寺して院主を継ぎ、門跡寺院となった。

鎌倉時代から武力衝突を繰り返し、豊臣秀吉によってようやく終息した。

明治期の神仏分離令により、大乗院と一乗院を筆頭とするすべての僧侶が春日大社の神官になり、興福寺は消滅した。

明治14(1881)年、興福寺は現在の寺域のみで復号の許可が下りた。

大乗院は現在は、奈良ホテルに隣接する「名勝 旧大乗院庭園」が残る。

一乗院の跡地には奈良県庁が建っている

Posted by 管理人めぶき