あひみる ごとく あかき くちびる

2005年3月1日奈良・仏閣

写真 法華寺の山門、「法華滅罪之寺」の石碑が右手にある

法華寺に行ってきました。
正式には「法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)」といいます。

天平の頃、聖武天皇が「国分寺・国分尼寺建立の詔」を発しました。
国分尼寺は、光明皇后が父の藤原不比等の邸宅跡を寺としたところが当てられました。
ここが現在の法華寺であり、日本で最初の尼寺ということになります。

本尊は十一面観音菩薩立像。
寺伝によると、インドのある王が観音菩薩像を作らせようとした際、生身の観音菩薩が日本の光明皇后であるとの話を聞き、仏師を派遣して皇后をモデルにして3体の観音像を彫り上げさせました。
そのうちの1体が、法華寺の本尊だと伝えられています。

実際には、観音像は平安時代初期のものだと考えられています。
皇后は慈善事業に力を注いだので、そこから慈悲深い観音菩薩との融合が起きてもなんの不思議もありません。

この十一面観音像は、はっきり言ってエキゾチックです。
鎌倉時代の慶派の仏像を見慣れてしまうと、少しばかりショックを受けます。

しかし、たたずまいの調和の良さや、何より上品な重厚感に圧倒されそのまま魅入られてしまいます。

ふだんは、須弥壇向かって右側のお前立(いわゆるレプリカ)が開帳されています。
昭和40年に作られたものなので、髪の群青色や唇の赤色がよくめだちます。

本物の本尊の方は年に3回だけ開帳される、秘仏です。
少し煤けて黒いですが、わずかながら唇に紅が残っています。

初めて拝観したときはお前立にお参りし、とてもおだやかで優しい、慈悲を体現していらっしゃる観音像だと思いました。

次に拝観したのは秘仏の公開のとき。
まったく同じ像なのに、こちらからは厳しいイメージを受けました。
慈悲を衆生に垂れ続けることに不退転であるような。
優しくあり続けることは自分に厳しくしないと実現できないのだと、おっしゃっているような気がしました。

それ以来、閉扉されているときでも、お会いしたい観音さまの厨子の前に座るようにしています。

ふぢはら の おほき きさきを うつしみ に あひみる ごとく あかき くちびる

これは南都奈良を好んだ歌人、會津八一の歌です。
そのままを詠んだだけの歌にみえますが、「あかき くちびる」によってこの観音像に血が通ったような感があります。
一種、官能的な歌です。

Posted by 管理人めぶき