七夕

2010年7月7日季節の生活

7月7日は七夕(しちせき)の節句、いわゆるたなばたです。
七夕の習慣は、中国の牽牛と織女の伝説と乞巧奠の風習が、日本古来の祓いの風習と合わさったものと考えられています。

中国の七夕伝説

牽牛と織女の伝説はこうです。

ひとりの貧しい牛飼い、牽牛がいました。
彼の財産は1頭の年老いた牛と、鋤だけでした。
毎日彼は畑仕事と家事に追われて疲れていました。

ある日、家に帰ると家は片付き、おいしい食事が待っていました。
それが何日も続いたので仕事に行くふりをしてこっそり観察していると、織女という美しい女性が通っていたのでした。

さっそく牽牛はプロポーズし、結婚して2人の子どもに恵まれ、幸せに暮らしていました。

ところがある日、天から神将が2人現れました。
実は織女は天帝の娘で家出をしていたのですが見つかってしまい、子ども2人を抱きかかえたまま天へ連れ戻されてしまいました。

悲嘆する牽牛に老牛が言いました。
私の皮をまとえば空を飛べる、と。
牽牛は何度も断りましたが、他に方法もなく、泣く泣く牛を殺して皮をまとい天に上りました。

子どもたちと出会って天秤棒の前後に乗せ、天の宮殿に向かいました。
しかし宮殿の門は人間には開けてくれません。

牽牛と子どもたちが何度も織女との面会を願い出て、やっと織女に会えました。

しかし、そこまでで再び天帝は織女を連れ去り、追いすがる牽牛たちとの間に線を引きました。
これが銀河となり、年に1回、旧暦七月七日だけ会うことが許されました。
そのときは、何万羽ものカササギが橋を作ってくれるので、渡ることができるのでした。

「China ABC 第十六章:民間物語:牽牛と織女の物語」 中国国際放送局

中国での牽牛と織女の伝説は数種類あり、少しずつ設定も変わっていますが、2人の間に川があること、牽牛は子どもを連れていること、牛の皮をまとっていることが共通しています。

日本の七夕伝説

乞巧奠とは、中国で女子が手芸上達を願って織女星を祭り、供え物をした風習です。

ここに、日本古来の「棚機つ女(たなばたつめ)」伝説があわさりました。
奈良時代には女子の裁縫上達祈願のみだったのが、江戸時代には習字の上達を願い、笹竹に短冊を付けて軒先に立てるようになりました。

また、日本には盆前に穢れを祓い清めるために、水浴びを特別な行事にしていました。
この日に髪を洗ったり、子どもや牛などを水浴びさせるなど。

大阪府交野市に鎮座する機物(はたもの)神社には、七夕伝説があります。

天の川の西岸に住む神さまの娘は、棚機津女命(たなばたつめのみこと)といいます。
姫は機織りがとても上手で、彼女が織り出す雲や霧や霞のおかげで、下界では景色に変化が起きるので喜ばれていました。

ある日、神さまは働き通しの娘に婿を、と思って天の川の対岸に住む牽牛という男らしく立派な青年を見つけました。

相思相愛となった2人は結婚したのですが、幸せすぎて働かなくなってしまいました。
姫が機織りを止めると、下界では雲や霧や霞がなくなり物象の障りが起こってしまうので、それを心配した神さまは姫に何度も注意をしましたが、夫婦は聞き入れません。

自分の支配する天界や自然界に障りが起きては天神に申し訳ないと、神さまは仕方なく姫と婿を引き離し、牽牛を元いた天の川の対岸へ戻してしまいました。

2人は年に1度、7月7日の夜にだけ会えるのを楽しみにして暮らしています。
その日は、カササギが橋を作ってくれるのでした。

交野市では「天の川七夕まつり 2010」が午後3時から行なわれます。

また、天棚機比売(あまのたなばたひめ)の鎮座する機物神社や、七曜の星が降ってきた伝説のある星田妙見でも七夕祭が行なわれます。

Posted by 管理人めぶき