職の御曹司の西面の立蔀のもとにて(解説)

枕草子・訳と感想

この章段のおもしろさは、まず清少納言と藤原行成の教養に基づく言葉の応酬にあります。
どこから引用した言葉なのかがわからないと返事ができませんから、似たような教養レベルでないとできない、高度な遊びといえます。

「『女は自分自身の存在を喜んでくれる人のために化粧をする。士は自分自身の存在を理解してくれる人のために死ぬ』……」

『史記 刺客列伝』より。
晋の予譲の話。
国士として高く取り上げてくれた智伯が趙襄子に殺されたため、予譲は趙襄子の命を狙うものの捕まってしまいますが、趙襄子は義士だとして赦免します。
その後も予譲は執拗に趙襄子を狙い、またも捕まってしまいます。
趙襄子は予譲の忠義心に心打たれますが、2度も逃がすわけにはいかず、予譲に自分の身の処遇を決めさせます。
予譲は趙襄子の上着を剣で刻んだ後、自害します。
予譲の死を知った趙の国の志ある人々は、みな彼を思って泣いた、と司馬遷が記しています。

清少納言が引いたのは、予譲が智伯の復讐を誓ったときに言った言葉「士は己を知る者の為に死し、女は己を説ぶ者の為に容る」です。

「遠江の浜柳」

『万葉集』巻第7 旋頭歌。
柿本人麻呂の歌「霰降り遠江の吾跡川楊 刈れどもまたも生ふといふ吾跡川楊」によると考えられています。
この当時、この歌の類歌が流行り、切っても切れない絆を持つ仲のことを表わしていたのではないかと思われます。

「成り行きに任せ、決めつけず、万事執り行なっている事こそ、価値の高いものである……」

藤原師輔が子孫に遺した遺訓書『九条殿遺誡』より。
九条流 師輔は行成の曾祖父にあたります。

「私のもともとの心の本性」「改まらないものは心である」

『白氏文集』巻第6 「懐を詠ず」より。
「天から授けられる能力に巧い拙いの差があっても、それを改めることのできないのが生まれつきの本性であるし、(後略)」という内容の漢詩から引いたものと思われます。

「……気兼ねするな、……」

孔子の『論語』巻第1 学而第一より。
「過てば則ち改むるに憚ること勿かれ」(あやまちがあれば、ぐずぐずせずに改めよ)。

2010年12月27日枕草子・訳と感想

Posted by 管理人めぶき