七月ばかり、いみじう暑ければ (訳)
今日は旧七月の晦日です。暦の上では今日で初秋の終わりですが、まだまだ暑さが厳しいのは平安時代も同じでしょう。
そんな暑い日の夜明けごろの話です。
角川文庫版『枕草子 (上巻) 』第33段です。
七月ごろ、とても暑いので全部の戸や仕切りを開け放して夜を過ごすと、
満月前後の夜に、はっと眼を覚まして外を見るのがとても素敵だ。
月のない夜もいい。
そのうえ、有明の月の夜の良さなんて、言うのは野暮だ。
とてもつやつやした板の間の端の方に、鮮やかな色合いの畳を1枚、さっと敷いている。
三尺の几帳を奥へ押してどけているのは、奇妙だ。
外側に立てるのがいいのに。
ああ、外よりも局の奥から見られたくないのだ。
相手の男性は出て行ってしまった。
裏地は薄色が色濃くて、表地は少し色褪せている、あるいは光沢のある濃い綾の織地だったのがとてもくたくたになってしまった衣を頭からすっぽりと被って寝ている。
香染、あるいは黄生絹の単衣を纏っていて、紅の単袴の腰紐が長々と衣の下から伸びているのは、まだほどけたままだからのようだ。
彼女の傍らの方へ豊かな髪がふわっと重なり合っている様子から、その長さが推量できる。
どっぷりと霧が立ちこめている夜明けに、どこからか、
二藍の指貫を履き、色がついているかどうかわからないくらいの香染の狩衣、光沢があって霧にひどく濡れてしまっていて、紅色が透けて見えているような白い生絹の単衣を片方の肩を脱いで片袖を垂らして、左右の耳の辺りの髪が少し乱れてばさばさになっているので、烏帽子に無理に入れ込んでいる様子がだらしなく見える男性が現れた。
朝顔に露が落ちてしまう前に手紙を書こうと、帰りの道のりをじれったく思いながら、「麻生の下草」などと歌を口ずさみながら帰り道を行く。
局の格子が上がっているので、御簾の片端をほんの少し引き上げてみると、床から出て彼女を置いて行ったであろう男性も心惹かれる、露(女性)のなんとも言えぬあだっぽさ。
しばらく見つめていると、彼女の枕元の方に、開いたままの朴の木の骨に紫の紙の貼った扇がある。
縹色か紅色かが少し美しく映えている、細かくちぎられた陸奥紙の畳紙が、几帳の下に散らばっていた。
人の気配がするので、被っていた衣の中から見ると、男性がにっこり笑って長押に寄りかかっている。
恥ずかしがったりなどしなくてはならない相手ではないけれど、かといって親しく接する心境でもなくて、癪だなあ、と思う。
男性が「最上に名残を惜しむお寝坊だね」と言って、
御簾から内側に半分身体が入っているので、「露が落ちるより前に帰った人がじれったくて」と答える。
彼らの様子はさほど風流だったりことさら取り上げて書かねばならないほどではないのだが、あれやこれやと語り合うところは悪くはない。
彼女の枕元にある扇を、自分の扇を使って引き寄せようと身を乗り出しているのが、あまりに彼の身体が自分に近くてどきどきしていると、
彼はしっかりと扇を引き寄せた。
手に持った扇を見たりして、「よそよそしく思っているのだこと」と嫌みを言ったりしていると、
外は明るくなって他の女房たちの声がしてきて、もう陽の光が射してしまいそうだ。
霧の切れ目も見えないのが当たり前なくらいに急いて送りたかった手紙が遅くなってしまうのが、とても気がかりだ。
出て行った男性からの使者が、露が付いたままで折った萩に付けた手紙を持っていつの間にか来ているのだが、これではとても彼女に差し出すことが出来ない。
香色の手紙にたっぷり焚きしめられている香りが、とても素敵だ。
男性はあまりにばつの悪い様子になったので立ち去って、
自分の起きてきた所もこのようなのだろうなあと、自ずと思いが馳せられるのも、素敵なのは当たり前だ。