小白河といふ所は (訳)

2008年7月25日枕草子・訳と感想

毎日暑い日が続いている、新暦2008年7月25日です。
今日は旧六月二十三日です。
清少納言が986年6月18日から21日まで(ちょうど今くらいの気候の頃)行なわれた法華八講に出かけた話、「小白河といふ所は」を訳しました。

テキストには角川文庫の『枕草子 (上巻)』第32段を使いました。
なお、訳は私独自の解釈に基づいています。


小白河殿という所が小一条の大将殿のお屋敷で、そこで上達部が結縁の法華八講をなさった。

巷の人たちは、法華八講はなみなみならぬ素晴しいことだから「到着が遅くなってしまったら、牛車などの止める場所もない」と言うので、朝露と一緒に起きて出かけたのに、まったく皆の言うとおりで、牛車を1台ずつ止めたら隙間が無くなってしまうので、轅の上に他の牛車の轅を重ねる方法で止めていくと、なんとか前から3台目ぐらいまでは少しは声も聞くことができるようだ。

6月10何日なので、この世で経験したことのないくらいに暑い。
池の蓮を見た時だけ、とても涼しい気分になる。

左大臣と右大臣をお除き申し上げた以外には、いらっしゃらない上達部はない。
上達部は二藍の指貫と直衣姿で、直衣の下に着けている浅葱色の帷が透けて見えるように着こなしていらっしゃる。

少し大人っぽくなられた方々は、青鈍の指貫と、下に着けた白い下袴姿がたいへん涼しげだ。
佐理の宰相なども皆若やいで見えて、何もかもすべてが素晴らしい事この上なく、見る価値があるというものだ。

廂の間の簾を高く上げた母屋との境にある下長押の上に、上達部は奥の方を向いて、長く横に並んで座っていらっしゃる。

その一段下にある簀の子縁には殿上人や若い公達がいらっしゃり、その狩装束や直衣姿などがたいへん素晴らしいし、とてもではないがじっとはしていられずに、あちらこちらにしきりにうろうろなさっているところも、たいへん素晴らしい。

実方の兵衛佐や長命侍従などはこの家の子なので、いささかこの場所で振舞い慣れている。
まだ元服前の若君など、とても落ち着いていらっしゃる。

少し日が高くなってきた頃に、三位の中将、今は関白殿と申し上げているお方が、中国渡来の薄物で仕立てた二藍の御直衣に、二藍の織物の指貫、濃蘇芳の御下袴に、ピンと張ったとても鮮やかな白い単をお召しになってお入りになるのは、とても軽装で涼しげな方々の御中にいらしては、いかにも暑苦しそうではあるが、よりいっそう素晴らしくご立派であると拝見する。

朴、塗骨など、骨の種類は違っているが、蝙蝠(かわほり)に赤い紙を貼って皆が扇いでいらっしゃるのは、撫子の花盛りの様子にたいへん良く似ている。

まだ講師が高座に参上していないので、懸盤を持ってこさせて、何か召し上がっていらっしゃる。

義懐の中納言の御様子が普段よりも素敵でいらっしゃるのは、どのくらいだといえばいいのだろうか。
色調が華やかで、非常に美しく鮮やかに輝いている材質の、中に着ている普通の帷を、そのまま直に直衣1枚だけをつけているように着こなしてらして、始終、しきりにこちらの方の数台の牛車を見て、言葉など話しかけていらっしゃる、素敵だと思わない人はなかっただろう。

遅れて来た牛車が、場所がなかったので池のそばに止めているのをご覧になって、実方の君に「伝言をこの場にふさわしく言うことのできる者を、1人」とお呼びになると、どのような人だろうか、実方の君が選んで引き連れていらっしゃった。

「どのように言葉を伝えるのがよいか」と、近くに座ってらっしゃる方々がご相談なさっていたが、届ける言葉は聞こえなかった。

使者がとてもきっちりと格好つけて牛車のそばに歩み寄るのを、いっせいに笑っていらっしゃる。

使者は牛車の後ろの方に近寄って話しているように見える。

長い時間が経ったので、使者を送った方々は「歌などを詠んでいるのだろうか。兵衛佐、返歌の準備をしておけよ」と笑って、早く返事を聞こうと近くにいらっしゃる方々、年配の上達部まで皆そちらの方に目を向けていらっしゃった。

本当に、ここにいるいろいろな人たちまでそちらへ目を向けているのが、とてもおもしろかった。

返事を聞いたのであろうか、少し歩み戻ってくると扇を差し出して呼び戻すので、歌などの言葉の言い間違いくらいの事でこのように呼び返しはしないだろう、歌をもらってから長い時間が経ってしまったのでうっかり間違った箇所はあえて直さなくてもいいのに、と思った。

近くまで戻って参るのもじれったく、「どうだったどうだった」と誰もが皆お尋ねになった。

使者は何とも言わず、権中納言がおっしゃったことなのでその元へ参り、格好を付けて申し上げる。
三位の中将が「早く言え。あまり気を回し過ぎて、しくじるな」とおっしゃると、
「これもただ同じことでございます」と言うのが聞こえる。

藤大納言は誰よりも早く覗いて、「どのように言ったのか」とおっしゃったようで、三位の中将が「とても真っ直ぐな木を無理矢理折っているようなものですよ」とおっしゃると、藤大納言はお笑いになり、他の方々もいっせいに笑う声が聞こえてきた。

「さて、呼び戻される前には、何と言っていたのか。これが、訂正後なのか」と中納言がお尋ねになれば、
「長い時間、立ってお側で控えておりましたが何とも動きがございませんでしたので、『それでは、失礼致します』とおいとま申し上げますと、呼んで」などと申し上げる。

「誰の車なんだろう。ご存知の方はいらっしゃいますか」と義懐の中納言が不思議がられて、
「さあ、今度は歌を詠んでお届けしよう」などとおっしゃっているところへ、講師が高座に参上なさったので皆静かに座り、高座の方のみを見ていると、例の牛車はかき消すように姿を消していた。

牛車の下簾など、つい最近にこの日のために新調したものらしくて、濃色の単襲に二藍の織物、蘇芳の薄物の表着など、後ろにも摺文様の裳をそのまま広げてさっと下げていたりして、どういう人だろうか、どうしてどうして、無粋な人ではないのにそのように振る舞っていただけなのだと思って、むしろとてもうまい対応だったと感じられた。

法華八講の朝座の講師は清範師、高座が一面光輝いているような感じで、これより素晴らしい光景があろうかと思う。

酷暑に加えて、やりかけの仕事で今日1日置いておくわけにいかない事を放ったらかしにしているので、ほんの少しだけ聞いたから帰ってしまおうとしていたのに、次から次へと牛車が集まってきているので出て行く場所もない。

朝座が終わってしまったので、出づらいところをどうにかして出てしまおうと、前の方にいる牛車に合図すると、1台抜けたらその分近くに止められてうれしいと思ったのか、「早く早く」と車を動かして場所を移動しているのをご覧になって、たいそうやかましいくらいに、年配の上達部までもがあざ笑うのも無視して、返事もしないで無理矢理狭いところを出ると、権中納言が「おやおや。退出するのもよし」とにこっとお笑いになったのは、素晴らしく上手い。

それも耳に入れず、暑くて頭真っ白になりながら脱出して、人を送って
「増上慢の5000人のうちにお入りにならないように、そのおつもりはないでしょうけど」と申し上げて、帰った。

その八講の始めから終了の日まで止まっていた牛車があったのだが、人が寄ってくるようでもなく、ただただ驚くぐらいにまるで絵画のように時を過ごしていたのが、珍しいくらいに立派で上品で、どのような人だろう、どうにかして知りたいと尋ね回っているのをお聞きになって、藤大納言などは「どこが立派なものか、それほどのものじゃないだろう。まったく気に食わない。不吉な奴に決まってる」とおっしゃるのが、とてもおもしろかった。

さて、その月の20何日かに、中納言が法師におなりになってしまったことはとても不憫だ。
桜などの花が散ってしまうのは、やはり世の常。せめて「置くを待つ間の」だけでも、と言うことのできないご様子であったと拝察した出来事だった。
(2010年9月17日 改訂)

Posted by 管理人めぶき