大神神社にお参り(1)・本社

2012年3月4日奈良・神社

大神神社参道

古事記』の中の大国主神(おおくにぬしのかみ)の「少名毗古那神(すくなびこなのかみ)との国作り」を読んでいると、むしょうに大神神社にお参りしたくなったので、行ってきました。

JR三輪駅の改札口を出ると、目の前に大きく綺麗な山が見えます。これが大神神社のご神体の三輪山です。

二の鳥居をくぐり、参道を進むと、左側にお社があります。
祓戸神社といい、まずここにお参りをしてお祓いをします。
ご祭神は瀬織津姫神(せおりつひめのかみ)、速秋津姫神(はやあきつひめのかみ)、気吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)、速佐須良姫神(はやさすらひめのかみ)の4柱です。
この神々は『延喜式』の六月晦大祓の祝詞に名前が記されていて、葦原中国(あしはらのなかつくに)の罪・穢れを祓い去って下さいます。

その隣に「夫婦岩」という磐座がお祀りされています。
大物主大神(おおものぬしのおおかみ)と活玉依姫(いくたまよりひめ)の恋物語、いわゆる三輪山伝説の古蹟とされています。
縁結び・夫婦円満・恋愛成就の御利益があります。

大神神社境内

階段を上り、手水舎で手と口を清めてまた階段を上ると、大きな山に抱かれた大きな拝殿の正面に出ます。
大神神社にはご神体のいらっしゃる本殿はなく、拝殿越しにご神体である山を拝みます。

いつも感じるのですが、私はなぜかここの参道が苦手です。居心地が悪くて、できれば通りたくないとまで思ってしまいます。
しかし境内に入ると、気分が一転し、とても穏やかな家に戻ったような気持ちになるのが不思議です。この日も同じでした。

大神神社のご祭神は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)・大己貴神(おおなむちのかみ)・少彦名神(すくなひこなのかみ)です。

大物主大神とは国作りをした大国主神(またの名を大己貴神)が、ともに仕事をしていた少彦名神に常世国に旅立たれてしまい、悲観しているところへ現れた大己貴神ご自身の幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)で、国作り終了後、大和の青垣の東、三諸山に祀られました。

幸魂とは海の幸・山の幸をもたらす霊魂で、奇魂は人に奇瑞をもたらす霊魂とする説と、穏やかな和魂(にぎみたま)そのものであるとの説があります。

拝殿の次に、「巳の神杉」にお参りします。

「巳の神杉」は三輪の神さま、大物主大神の化身の白蛇が住んでいるとされる大きな杉の木です。
ここにはいつも、生卵と酒がお供えされています。
以前は卵がぶつけられていましたが、今は「ぶつけないで下さい」と注意書が貼られています。

活日神社

平成9(1997)年に竣工された祈祷殿と参集殿の間をくぐり、細い山道のような参道を進みます。この山道は「山の辺の道」です。

まず、摂社の活日神社があります。
ご祭神は高橋活日命(たかはしいくひのみこと)です。
崇神天皇8年に大物主大神の掌酒(さかひと)として召し出された、杜氏の祖神です。

日本書紀』によると、第10代崇神天皇の頃、疫病が流行り国が荒廃していました。

6年に、宮殿にお祀りしていた2柱の神さまのうち、天照大神を豊鍬入姫命(とよすきいりびめのみこと)に託して、笠縫邑(現在の檜原神社のあたりか)に奉祀しました。
もう1柱の倭大国魂は渟名城入姫命(ぬなきのいりびめのみこと)に託しました。

7年、大物主神から神託がありました。
私を大田田根子命に祀らせたら、国が治まると。崇神天皇は茅渟県陶邑(現在の大阪府堺市)で大田田根子命を探し出しました。

8年、高橋邑(現在の奈良県天理市櫟本か)の活日が召し出されて神酒を大物主神にお供えし、やっと国が治まりました。

磐座神社

また参道を進むと、磐座神社があります。
ご祭神は少彦名神で、大国主神と一緒に国作りをして人間生活の基礎を作り、医薬治病の方法を定めた薬の神さまとして信仰されています。

儀式殿からこの磐座神社を通り狭井神社につながる参道は別名「くすり道」と呼ばれ、各製薬会社の灯篭が並んでいます。
ここも社殿はなく、磐座がご神体です。

このまま山の辺の道を進み、狭井神社に向かいます。

Posted by 管理人めぶき